連載
芽吹いたばかりの若葉を、
私たちは、摘みます。

旬に馳せ、「いま、この瞬間」を生きている

タイミングとは、なんて難しいのだろう。
多くの外的要因に配慮しながら、最終的には自分で決めなければならない。

結婚や妊娠や転職など、人生における大きなイベントはもちろん、スマホの買い替えや、店員さんへのオーダーなど、日常の中でもタイミングに悩まされている。

タイミングを見極めることは、人生を進めていくにおいてかなり重要な要素のくせに、どれだけ歳を取っても上達するものでもない気がしている。

それに比べて「秋のサンマ」は素晴らしい。
サンマは秋が食べごろ、つまりは「旬」だとあらかじめ決まっているのだ。

実家にいた頃、秋になると母がよくサンマを焼いてくれた。
夜ご飯が焼き魚だとテンションが下がっていたが、サンマとなると話は別だ。
子どもながらに何となく「脂がのっている」意味を感じ、味わっていた。

大人になった今、改めて考えると「秋にサンマを食べる」という行為、すなわち「旬」をいただくことは、とても贅沢なものであると気づく。
サンマに限らず、春の桜や、夏の太陽に光る海、冬のおでんから立つ煙。
その季節、その時期だからこそ、感じられる味わいやありがたみがある。

旬を取り入れるということは「いま、この瞬間」を大切に生きる、ということだ。
動物、あるいは植物の価値が最も高まるタイミングでいただくこと。
人間に許された贅沢の極みだと思う。

なぜなら、そのタイミングとは、あくまでも”人間にとって”のものだから。
見方を変えれば乱暴かもしれない。
しかし、だからこそ感謝の念が湧いてくる。
命をいただいている実感を得ることができる。

旬を通して命を感じる瞬間は、食に限らない。
毎日つかう化粧品にも、植物の命が込められている。
そして”人間にとって”質の高い化粧品であるために、若葉は「旬」として摘まれる。
サンマが秋に脂をのせるように、若葉だからこそ、持っているパワーがあるのだ。

若葉の命が込められた化粧品は、肌に触れ、浸透し、香りとなって私の身体となる。
鏡を見ても映っているのは私だけだが、本当は若葉とともに「いま、この瞬間」を生きているのだ。

忙しくしていると時間はどんどん流れ、たくさんの命を見落としながら生きている気がする。
いつ、どの店舗に行ってもお目当ての味が楽しめるチェーン店にお世話になる毎日。
もちろんそれも贅沢なことだと知っている。

しかし、「いつ、どこでも同じ」は「いつでもいい」と言い換えられるのではないだろうか。
確かに存在していた命は、「いつでもいい」ものとして加工され、人間にとって当たり前になっていく。

命を感じるきっかけとして、「旬」を生活に取り込むことは、人間らしく、私らしく生きていくために大切なことなのだと思う。

もうすぐ夏が来る。
夏の旬をどう取り入れるかを考えるとき、私はこの夏をどう生きていくかを考えているのだ。

竹本 萌瑛子(たけもこ)​

某IT企業にてインターネット広告のマーケティング業務に従事する一方で、複業としてライター、SNSプランナー、モデル・タレントとしても活動。​​

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